この記事でわかること
- カウンセリングの現場で、わたしが感じていたこと
- 「レイキって電気みたいなもの?」から始まった、わたしとレイキの出会い
- レイキが、暮らしのなかの「自分で整える習慣」になるまで
わたしは長いあいだ、人の悩みを聞く仕事をしてきました。
カウンセリングの現場で、たくさんの方のお話に耳をかたむけてきたのです。
今日は、そんなわたしがレイキに出会うまでのお話をします。
あまねくもりで「癒しの技法」をお伝えしている理由も、ここにあります。
話し終えた顔と、次に会ったときの顔
お話を聞いていると、多くの方が、話しているあいだや、カウンセリングが終わったあとに、すっきりした顔をされます。
ふっと肩の力が抜けて、ほっとした表情になる。その瞬間に立ち会えるのは、この仕事のいちばんうれしいところでした。
ところが、次にお会いしたとき。
また落ち着かない様子だったり、毎日のストレスでくたくたになっていたり。暮らしのなかのしんどさに振りまわされて、疲れきった様子で来られる方が、一定数いらっしゃいました。
癒される瞬間を、暮らしのあちこちに
そのたびに思っていたことがあります。
カウンセリングの時間だけではなく、毎日のあちこちに、ほっとできる瞬間がもっと散らばっていたらいいのに。
そして、ご自身の暮らしのなかで、自分を癒す習慣や方法をもっていたら。しんどいことがあっても、自分で自分を守れる技をもっていたら。
傾聴は、ほんとうにすばらしい方法です。
でも同時に、聞くことだけでは届かないところがあるのも感じていました。
そして、もっとできることがあるはずなのに、と自分の力不足に悩んでいた時期がありました。
「レイキって、電気みたいなものですか?」
そんなころ、あるコミュニティに入りました。
そこで、メンバーの方の動画づくりをお手伝いしていたとき、はじめて耳にしたのが「レイキ」という言葉です。
わたしの最初の質問は、
「レイキって何ですか? 電気みたいな感じですか?」
でした(笑)。
説明してもらうと、宇宙のエネルギー、手から出るヒーリング、という言葉が出てきます。
じつはわたし、昔、見えないものにまつわる話で痛い思いをしたことがあって、内心ちょっと引いていました。
目に見えないけれど、たしかにあるもの
それでも話を聞いているうちに、少しずつ見方が変わっていきました。
太陽の光も、自然のなかにある力も、たしかにある。
そもそも光だって、そのものは目に見えません。でも光がなければ植物は育たない。
日照時間の短い北欧の冬には、気持ちが沈みやすくなるともいわれています。
電波だって目には見えないけれど、わたしたちは毎日その恩恵を受けています。
目に見えないからといって、ないわけじゃない。
そう思いはじめたら、レイキが気になってしかたなくなりました。
そこで、レイキマスターである友人にお願いして、教えてもらうことにしたのです。
調べてみると、こんなことがわかりました
レイキは、日本生まれの手当て
レイキというと、海外から来たものだと思われることもあります。
でもじつは、大正時代に臼井甕男(うすい みかお)が日本で始めた、手を当てる療法がもとになっています。
それが海外に伝わり、世界中に広がって、また日本に戻ってきた。ふるさとは、この日本なのです。
「手当て」という言葉
わたしたちは、けがや病気の処置のことを「手当て」と言います。
おなかが痛いとき、思わずおなかに手をやる。子どもが転んだら、ぶつけたところをさすってあげる。
手を当てることは、人が昔から自然にしてきた、いちばん身近な癒し方なのかもしれません。
レイキを使うほど、暮らしが変わっていった
実際に学んでみてわかったのは、レイキが、わたしたちがすでに身につけている「手当て」の原型のようなものだということでした。
特別な人だけの力ではなく、もともとだれの手にもあるものを、思い出していく感覚に近いのです。
そして、使えば使うほど、体感がありました。
変化があらわれたのは、特別な場面ではなく、毎日の暮らしのなかでした。
- 夫婦のあいだの、ちょっとしたいざこざが、こじれにくくなった
- ずっと引きずっていた過去のできごとを、思い出しても苦しくなくなった
- 直したいと思っていたクセが、気づいたら出なくなっていた
どれも劇的な変化ではありません。
でも、気づいたら軽くなっている。その積み重ねが、暮らしを少しずつ変えていきました。
※ここに書いているのは、わたし自身が感じた変化です。体や心の不調があるときは、医療機関への相談もあわせて大切にしてくださいね。
癒しを、自分の手のなかに
カウンセリングの現場で、ずっと思っていたこと。
「ほっとできる瞬間を、暮らしのあちこちに」「自分を守れる技を、自分の手に」。
レイキは、その答えのひとつでした。
レイキは、だれかにしてもらうだけのものではありません。
自分で、自分に手を当てることができる。家族の背中に、そっと手を置くこともできる。
特別な時間をつくらなくても、毎日の暮らしのなかで、くり返し使えるのです。
癒されることは、ゴールではありません。
ほっとして、肩の力が抜けたとき、ようやく自分の心の声が聴こえはじめる。
癒しは、自分の声に気づくための入口なのだと、今は思っています。
このコラムの「癒しの技法」では、レイキをはじめ、ヒプノセラピーやチャネリングのことも、暮らしの言葉でお話ししていきます。
あなたは、最近どんなときに「ほっとした」と感じましたか?
まずは、手のひらで感じてみる
レイキ体験会では、レイキがどんなものかを、むずかしい言葉を使わずにお話しして、実際に手を当てる時間をもちます。「見えないものはちょっと苦手」という方も大丈夫。わたしも最初はそうでした。暮らしのなかでどんなふうに使えるのかも、一緒にお伝えします。
あわせて読みたい
ヒプノセラピーって、催眠術とはちがうの? よく聞かれる3つの誤解と、わたしが出会ったわけ
「ふと思った」は、だれでも受け取っている。チャネリングを日常の言葉でいうと
疲れたときこそ、自分の胸やお腹に手を当ててみる。手のひらから伝わる「ありがとう」の気
「がんばらないこと」が罪のように感じるとき。ハクちゃんが教えてくれた、休むことのほんとうの姿
家族を守る。長女と座敷童ちゃん、ワイワイうるさい家の結界
LINEでつながりませんか
コラムの更新や、講座・モニター募集のお知らせをLINEでお届けしています。

コメント