タオの智慧

言葉のトゲでお腹の神様を傷つけていない?毎日の「口癖」が体内のエネルギーを変える理由

この記事でわかること

  • 日本の「言霊」と、道教の「舌の神様」の考え方
  • 古くから伝わる「からだの中に、言葉を聞いている存在がいる」という信仰
  • 口癖を消さずに、からだの神様への言葉に変えていくコツ

「はぁ、疲れた」
「もう最悪」
「どうせ私なんて」

家に帰って、ぽろっとこぼれる独り言。
だれにも聞かれていないつもりでも、実はいちばん近くで聞いている方々がいます。

あなたのからだに宿る、神様たちです。

この連載では、道教に伝わる「からだの神様」のお話をしてきました。 → あなたの身体は、神様たちが暮らすお城。「身神(しんしん)」が居心地のいいお部屋の作り方 髪にも、目にも、心臓にも、名前のある神様がいてくださる。
だとしたら、私たちが毎日口にしている言葉は、その神様たちにどう届いているのでしょう。

今回は、言葉と、からだの神様のお話です。

※この記事は、道教や東洋の考え方を紹介する読みものです。医療の代わりではありません。からだの不調があるときは、医療機関に相談してください。

言葉には、力が宿る

日本は「言霊の幸わう国」

日本では昔から、言葉には力が宿ると考えられてきました。
『万葉集』には、日本を「言霊の幸(さき)わう国」とうたう歌があります。
言葉の力が、幸せを運んでくる国。
そんな意味です。

口に出した言葉は、だれかに届くだけでなく、言った本人にも返ってくる。
お祝いの席で「切れる」「割れる」を避けるのも、この感覚が今も生きているからですよね。

道教でも、言葉は神様に届くもの

道教でも、言葉はとても大切にされてきました。

道教の修行では、経典を声に出して唱えることが重んじられます。
からだの神々の名前を記した『黄庭経(こうていきょう)』も、くり返し唱えることで、からだの神々と心が通い合っていくと伝えられてきました。

声に出した言葉は、空気に消えていくのではない。
天の神々にも、からだの中の神々にも届いていく。
それが、道教の言葉の見方です。

あなたの言葉を、いちばん近くで聞いている神様

舌の神様「通命(つうめい)」

『黄庭経』には、顔に住む神々の名前が記されています。
その中に、舌の神様がいます。
名前は「通命(つうめい)」。
もうひとつの呼び名は「正倫(せいりん)」です。

通命とは、いのちに通じる、という意味。
正倫とは、すじ道を正す、という意味です。

言葉を生み出す舌に、「いのちに通じる」という名前がついている。
昔の人は、口から出る言葉が、そのままいのちにつながっていると感じていたのかもしれません。

舌は、心の窓

東洋の考え方では、からだの外に開いた穴(竅)と、五臓がそれぞれつながっているとされます。
目は肝、耳は腎、鼻は肺、口は脾。
そして、舌は心とつながっています。

心には、心の神様「丹元(たんげん)」がいてくださいます。 → あなたの五臓六腑には、あなたを1秒も休まず生かそうとする神様たちが宿っている 舌は、その心の神様の窓。
舌から出る言葉は、心の神様の声でもあり、心の神様がいちばん最初に聞く声でもあるのです。

「庚申さん」に残る、からだの中の聞き手

日本各地に「庚申塚(こうしんづか)」や「庚申さん」と呼ばれる石塔があるのを、見たことはありませんか。

これは、道教から伝わった信仰がもとになっています。
からだの中には、その人の言葉や行いを見聞きしている存在がいて、60日に一度の庚申(かのえさる)の夜に、天へ報告に行く。
そう信じられていました。

昔の人は、その夜は眠らずに過ごし、みんなで語り合ったり、静かに過ごしたりしたそうです。
「庚申待ち」と呼ばれ、江戸時代にはとても盛んでした。

怖い話に聞こえるかもしれません。
でも私は、ここに昔の人のやさしい知恵を感じます。
だれも見ていないところでも、自分の言葉はちゃんと聞かれている。
だから、自分の言葉を大事にしよう。
そんな暮らしの心がけとして、長く受け継がれてきたのだと思います。

あまねくもりの読み解き:独り言は、お城の館内放送

神様たちは、城主の声を聞いている

あまねくもりでは、からだを「神様たちが暮らすお城」と見ています。
私が学んだ護符の系譜では、からだに宿り、いのちを支える神々を「九霊神」と呼んでいます。

このお城で、毎日の独り言は、館内放送のようなものだと私は思っています。
「疲れた」「最悪」ばかりが流れていたら、住んでいる神様たちも、なんだか元気が出ない。
「ありがとう」「よくやったね」が流れていたら、お城の空気がふっとやわらぐ。

神様たちは、城主であるあなたの声を、いちばん近くで、毎日聞いてくださっているのです。

無理にポジティブにしなくていい

だからといって、疲れているのに「ハッピー!」と言う必要はありません。
本心と違う言葉は、舌の神様「正倫(すじ道を正す方)」の名前とも合いません。

おすすめは、口癖を消すのではなく、ひと言を足すことです。

  • 「疲れた」→「疲れた。でも、よくがんばったね」
  • 「最悪」→「最悪。…でも、今日もからだは動いてくれた」
  • 「どうせ私なんて」→「どうせ私なんて、って思うくらい、がんばってるんだな」

最初の言葉は、そのままでかまいません。
あとから足したひと言が、お城の神様たちへのねぎらいになります。

ときどき、神様に向けて話しかける

もうひとつ、あまねくもりでおすすめしているのが、独り言の宛先を変えてみることです。

自分に向かって「疲れた」と言うかわりに、からだの神様に向かって話しかけてみる。

  • 「今日は目をたくさん使ったね。明上(めいじょう)さん、おつかれさま」
  • 「ごはん、おいしかったね。常在(じょうざい)さん、ありがとう」
  • 「今日もいっぱい話したね。通命さん、ありがとう」

宛先がある言葉は、不思議とやさしくなります。
友だちに「最悪」とは言っても、「あなたは最悪」とは言わないのと同じです。

声に出すと、からだに響く

できれば、小さくても声に出してみてください。
声は、のどや胸を震わせて、からだの内側にも響きます。
経典を声に出して唱えてきた道教の人たちも、きっとこの響きを大切にしていたのだと思います。

言霊の幸わう国に生まれた私たちは、言葉の力を、もともと知っています。
その力を、まずはいちばん近くにいてくださる神様たちに向けてみる。
それが、あまねくもりの考える、言葉の養生です。

あわせて読みたい

あまねくもりのご案内

ガイアのむすひ「ことのは日和」について

言葉や声の力を、季節ごとにゆっくり味わいたい方へ。月額サブスク「ガイアのむすひ」の「ことのは日和」では、11月は「声のワーク・マントラ」をテーマにお届けします。

LINEでつながりませんか

コラムの更新や、講座・モニター募集のお知らせをLINEでお届けしています。

参考:『黄庭内景経』(至道章)、『万葉集』巻五・巻十三。五臓と竅の対応は東洋医学の考え方による。庚申信仰は道教の三尸説に由来するとされる。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

PAGE TOP