タオの智慧

疲れたときこそ、自分の胸やお腹に手を当ててみる。手のひらから伝わる「ありがとう」の気

この記事でわかること

  • 「手当て」という言葉と、手のひらのまんなかにある「労宮(ろうきゅう)」のこと
  • 手のひらが、心の神様「丹元(たんげん)」とつながっているという東洋の見方
  • 道教の養生に伝わる、手を使って神様にあいさつする作法

お腹が痛いとき。
胸がぎゅっとするとき。
私たちは、だれに教わったわけでもないのに、そこに手を当てます。

子どものころ、痛いところをなでてもらったら、少し楽になった。
そんな記憶がある人も多いと思います。

でも、なぜ「手」なんでしょう。
足でも、ひじでもなく、手のひら。

これまでの記事で、道教ではからだのあちこちに名前のある神様がいてくださる、というお話をしてきました。 → あなたの身体は、神様たちが暮らすお城。「身神(しんしん)」が居心地のいいお部屋の作り方、あなたの五臓六腑には、あなたを1秒も休まず生かそうとする神様たちが宿っている 今回は、その神様たちと私たちをつなぐ「窓口」としての、手のひらのお話です。

※この記事は、道教や東洋の考え方を紹介する読みものです。医療の代わりではありません。からだの不調があるときは、医療機関に相談してください。

「手当て」という言葉に残っているもの

手を当てることと、いたわること

けがや病気の世話をすることを「手当て」と言います。
手を当てて看病したことから来た、という説もあります。

言葉の由来ははっきりしないところもあります。
でも、手を当てることと、いたわることが、昔からとても近いところにあったのは確かです。

「お手当て」「手塩にかける」「手厚い」。
大切にすることを表す日本語には、なぜか「手」がよく出てきます。
昔の人は、気持ちを伝える道具として、手をいちばん信頼していたのかもしれません。

手のひらのまんなか「労宮」

東洋の考え方では、手のひらのまんなかに「労宮(ろうきゅう)」というツボがあります。
手を軽くにぎったとき、中指の先が当たるあたりです。

労宮の「労」は、はたらくこと、つかれること。
「宮」は、宮殿の宮です。
はたらく手のまんなかに、宮殿がある。
道教がからだを「神々の住む宮殿」として見てきたことを思うと、なんだか納得のいく名前です。

手のひらは、心の神様とつながっている

労宮は、心を守るめぐりの上にある

東洋の考え方では、からだには「経絡(けいらく)」という気のめぐる道があるとされます。
労宮は、そのうちの「心包経(しんぽうけい)」という道の上にあります。

心包とは、心を包んで守るもの。
王様である心のそばに仕える、近衛兵のような役目と言われます。

前回の記事でご紹介したように、道教の『黄庭経(こうていきょう)』では、心に宿る神様を「丹元(たんげん)」と呼びます。 → あなたの五臓六腑には、あなたを1秒も休まず生かそうとする神様たちが宿っている 赤い、いのちのもと。
もうひとつの呼び名は「守霊(しゅれい)」、霊を守る方です。

その心を守るめぐりが、腕を通って、手のひらのまんなかに届いている。
そう考えると、手のひらのあたたかさは、心の神様のぬくもりが外に出てきたもの、とも読めます。

道教の養生に伝わる「手の作法」

道教の養生法には、手を使う作法がたくさん伝わっています。
なかでもよく知られているのが、両手をこすり合わせて温め、その手のひらを目や顔にそっと当てる、というものです。

こうした作法は「導引(どういん)」や「按摩(あんま)」と呼ばれ、からだの神々を思い浮かべる修行と一緒に行われてきました。
顔には、目の神様、耳の神様、鼻の神様がいてくださる。 → あなたの身体は、神様たちが暮らすお城。「身神(しんしん)」が居心地のいいお部屋の作り方 その神様たちに、温めた手のひらであいさつをする。
そんなふうに受けとめると、昔の人の作法が、急に身近に感じられてきます。

あまねくもりの読み解き:手は、神様と話すための窓口

外へ向かう手と、内へ向かう手

私たちの手は、ふだん外の世界に向かって働いています。
キーボードを打ち、料理をし、荷物を運び、だれかのために動く。

でも、手にはもうひとつの向きがあります。
自分の内側へ向かう向きです。

あまねくもりでは、手のひらを「からだの中の神様と話すための窓口」と読み解いています。
自分の胸やお腹に手を当てるのは、その窓口から「ここにいるよ」と声をかけるようなもの。
外にばかり向いていた手を、一日のうちほんの少しだけ、内側に向けてみる。
それが、あまねくもりの考える「手当て」です。

天生神から受け取った手

シリーズの第1回で、お腹の中の十か月を、天の神々がひと月ずつ見守っていたというお話をしました。 → 私たちが「とつき(十月)」をかけて生まれてきた理由。胎内で始まる10の愛のステップ あまねくもりでは、この神々を「天生神」と呼んでいます。

その十か月のあいだに、私たちの手も、少しずつ形づくられていきました。
小さな指が一本ずつ分かれ、手のひらができ、何かをにぎれるようになって生まれてくる。

生まれてすぐの赤ちゃんは、大人の指をぎゅっとにぎりますよね。
だれに教わったわけでもないのに。
手は、天生神から受け取った、最初の「つながるための道具」なのだと思います。

名前を呼びながら、手を当てる

手を当てるとき、あまねくもりでは、そこにいてくださる神様の名前を思い浮かべることをおすすめしています。

  • 胸に手を当てるなら、心の神様「丹元」さんに
  • 目に温めた手のひらを当てるなら、目の神様「明上(めいじょう)」さんに
  • 脇腹のあたりに当てるなら、肝の神様「龍煙(りゅうえん)」さんに

「今日もいてくださって、ありがとう」。
声に出さなくても、心の中でかまいません。

ただ手を当てるのと、名前を呼んで手を当てるのとでは、不思議と感じ方が変わります。
相手がいる、とわかっているからでしょうか。
手のひらが、自分のからだを「さわる」のではなく、だれかに「ふれる」感覚に変わっていきます。

手を当てる力は、だれにでもある

特別な才能はいりません。
痛いところに手が伸びるのは、だれにでもある自然なはたらきです。
心の神様のぬくもりは、だれの手のひらにも届いています。

そのはたらきを、自分のためにも、家族のためにも、意識して使えるように学ぶのがレイキです。
あまねくもりのレイキ講座に来られる方も、「自分や家族の不調をやわらげたい」という方がたくさんいます。

あなたの手は、外の世界で働くためだけのものではありません。
からだに宿る神様たちと、言葉を交わすための窓口でもあるのです。

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あまねくもりのご案内

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手を当てる時間を、自分や家族のために使えるようになりたい方へ。第2期は12月6日スタート、お申し込みは12月3日までです。まずは雰囲気を知りたい方は、体験会からどうぞ。

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参考:『黄庭内景経』(心神章)。労宮・心包経は東洋医学の経絡の考え方による。導引・按摩は道教の養生法として古くから伝わるもの。

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