この記事でわかること
- お香を焚くとき、ハクちゃんが見ているところ
- 日本で香が大切にされてきた歴史と、「香を聞く」という言葉
- 場を整えたいときの、香りの選び方
しばらく前、家の中の空気が、なんだかどんよりしていた時期がありました。
特別なことがあったわけではないのに、空気が重い。
気づけば家族もみんな少しずつ疲れていて、それぞれがちょっとピリピリしていました。
「これはもう、祓うしかない!」
そう思い立って、引き出しにしまっていたお香を取り出しました。
家族総出で、リビングも台所も寝室も、煙が行き渡るように順番に歩いてまわります。
わが家の、香りの祓いタイムです。
部屋から部屋へ歩きながら、ふと気になりました。
そういえば、龍にとってお香の煙ってどうなんだろう。
ハクちゃん、お香の煙ってどうなの?
「ねえハクちゃん。お香の香りって、龍にとってはどうなの?」
そのときハクちゃんは、天井の近くをくるくる泳いでいました。
「いいよ〜。ちゃんと気持ちがこもってる香りは、ぼくたちも好き」
「よかった。けむたかったりしない?」
「あはは、まあ、ちょっとむせるときもあるけど。でもね、とーこちゃん。香りって、場の気を動かす道具なんだよ。香りに気持ちが乗ってたら、場はちゃんと動く」
祓っているのは、香りだけじゃない
「じゃあ、香りで祓えるっていうのは本当?」
「うん、祓えるよ。でも、香りそのものが祓うっていうより、その香りに込めた思いと、場を整えたいっていう気持ちが重なったときに、ちゃんと動くんだよね」
「それと、火を通した香りは、空気のすみずみまで届きやすい。だからお香って、場を動かすのに向いてるんだ」
なるほど、と思いました。
お香の煙は、ただ香りを運んでいるだけではなく、目に見えないなにかを、空間ごと動かしているのかもしれません。
そしてその動き方を決めているのは、焚いている人の気持ちのほうなのです。
人の世界では、こう伝わっています
日本に香が伝わったのは、仏教とともに、6世紀ごろのことだといわれています。
はじめはお寺で、仏さまの前を清めるために焚かれていました。これを供香(くこう)といいます。
やがて香は、お寺の外にも広がっていきます。
平安時代の貴族たちは、衣や部屋に香をたきしめて楽しみました。「空薫物(そらだきもの)」と呼ばれる習慣です。
そして室町時代のころには、香木の香りを味わう「香道」が形になっていきます。
香道では、香りを「嗅ぐ」とは言わずに、「聞く」と言います。香りを味わうことを聞香(もんこう)と呼ぶのです。
香りに耳を澄ますように、心を静かにして向き合う。
「聞く」という言葉には、香りをただの匂いではなく、語りかけてくるものとして受け取る姿勢が込められているように思います。
ちなみに、香木の代表である沈香(じんこう)は、樹脂をたっぷり含んで重く、水に沈むことから、その名がついたといわれています。
「芯のある香り」と、祈りのかたち
「じゃあ、好きな香りを選べばいいの?」
「うん、基本はそれでいいよ。でも、整えたいときは、ちょっと芯のある香りがいいかも。白檀とか沈香とか、木の根っこや樹脂からできてる香りは、空間の芯までしみていく感じがするんだよね」
「あと、天然の素材のほうが、気の通りがいいよ」
白檀や沈香は、まさに昔からお寺で焚かれ、香道で聞かれてきた香木です。
ハクちゃんの好みと、人が長い時間をかけて大切にしてきた香りが、ちゃんと重なっているのが面白いところです。
香りは、龍を呼ぶこともある
「香りって、龍を呼ぶこともあるの?」
「あるある〜。その人の思いが、やさしく空にのぼっていくとき、それに気づいた龍が寄ってくること、よくあるよ。香りって、祈りのかたちにもなるからね」
「ただし、なんでも呼ぶわけじゃないよ。龍たちも、気持ちがこもってるかどうかは、ちゃんと見てるから」
わが家の、香りのある暮らし
じつはわが家では、市販のお香のほかにも、香木や、庭で育てているホワイトセージ、松葉、ハーブなどを乾燥させて、手づくりの香として焚いています。
庭で摘んだものが、乾いて、火を通されて、また空気に還っていく。そのめぐりを眺めているのも好きな時間です。
いちばん思いを込めて焚くとき
なかでも、いちばん意味を込めて焚くのが、護符を書くときです。
護符は、結界を張ったなかで勤写(ごんしゃ)し、浄書します。
このときばかりは、部屋が真っ白になるくらいお香を焚きます。煙で火災報知器が鳴ってしまわないよう、報知器のない部屋を選んでいるほどです。
立ちこめる香りのなかで筆を持つと、ふだんの部屋が、すっと別の空間に切り替わる感じがします。
ハクちゃんの言う「場が動く」というのは、きっとこういうことなのだと思います。
※ここまでたくさん焚くのは、護符を書くときだけの特別な場合です。ふだん焚くときは一本や少量で十分です。換気と火の元には気をつけてくださいね。
旅先で出会う、その土地の香り
お香は、夫婦そろって大好きです。
旅先のお寺や神社で、ふわっといい香りに出会うと、つい授与所に立ち寄って、そこのお香を分けていただいてしまいます。
その土地で焚かれてきた香りを家に連れて帰ると、ふだんの部屋で焚いたときにも、旅の空気や、あの境内の静けさがよみがえってきます。
香りは、場所の記憶ごと運んでくれるのかもしれません。
お香は「焚く」より「聞く」もの
ハクちゃんの話と、香道の「聞く」という言葉。
このふたつを並べてみると、お香との付き合い方が少し変わって見えてきます。
なんとなく火をつけて、煙を部屋に放っておくとき。
香りは、わたしたちの側から一方的に「出しているもの」です。
でも、香りに耳を澄ませるようにして焚くとき。
立ちのぼる煙を眺めながら、「この部屋をどんなふうにしたいかな」と思いを向けるとき。
そこには、場と自分とのあいだに、小さなやりとりが生まれます。
ハクちゃんの言う「気持ちがこもっている香り」とは、もしかすると、香りを聞いているときの、こちらの心の向きのことなのかもしれません。
ちなみに最後に、ハクちゃんはこう言っていました。
「でも、やりすぎると、においで疲れちゃうから、ほどほどにね」
そうして、くすっと笑って、天井裏のほうへすーっと溶けていきました。
祓いも祈りも、ほどほどが大事。龍に言われると、妙に説得力があります。
お香は、お仏壇で手を合わせるときだけのものではありません。
ふだんの暮らしのなかで焚いてみると、不思議と、見えないなにかにふんわり守られているような感じがしてきます。
昔の人が大切にしてきた知恵を感じながら、よかったら今日、一本焚いてみてください。
香りに耳を澄ませるように、ゆっくりと。
もしあなたのお家にも龍がいたら、きっと喜んでくれるはずですよ。
場を整える「思い」を、かたちにして置いておくなら
お香が、焚いているあいだの祈りだとしたら、護符は、思いを紙にこめて、そばに置いておける祈りのかたちです。あまねくもりでは、吉日に合わせて、おひとりずつ護符をお授けしています。
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参考:『日本大百科全書(ニッポニカ)』「香」「香道」(コトバンク)

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