この記事でわかること
- 龍から見た結界は、薄くてやさしい「膜」だということ
- お寺の結界、しめ縄、茶庭の関守石。暮らしのなかの結界の知恵
- 結界は、場と人が思い合っているしるしでもあること
結界。
神社やお寺、山の奥の聖域。ときには、言葉のやりとりや、人と人とのあいだにも、目に見えない線のように感じられることがあります。
「張る」「破る」「抜ける」。
そんなふうに、少し物々しく語られることも多い言葉です。
では、龍たちにとって、結界とはどんなものなのでしょう。
「ねえハクちゃん。結界って、龍にとってはどういうものなの?」
ハクちゃんは、くるりと空をまわりながら答えてくれました。
結界は、薄くてやさしい「膜」
「結界ってね、ぼくらにとっては膜みたいなものなんだよ〜。薄いけど、ちゃんとある。やさしいけど、守る力がある」
「膜?」
「うん。空と地面のあいだにも、森と町の境目にも、海と浜辺のあいだにも、ほんとはいつもゆらいでいる膜があるの。それが、結界って呼ばれてるもののひとつの姿」
「人が祈りを重ねたり、場を整えたり、思いを込めたりすると、その膜が強くなったり、はっきりしたりするんだよ」
結界は、人がつくるもの?
「じゃあ、結界って人がつくるものなの?」
「ううん、もともと自然に生まれるものもあるよ〜。山の尾根とか、川と川が合わさる場所とか、風がうねって通る谷あいとか。そういうところには、自然に膜ができてることがある」
「でも、そこに人の意識が重なると、結界になるの。だれかが気づいて、そこを整えると、その膜は守りとしてはたらきだすんだ」
龍は、あいさつしてから通る
「ハクちゃんたちは、その結界を通れるの?」
「うん、通れるよ〜。でも、ちゃんとあいさつしてから通ることも多いよ。そこに込められた人の思いが強いときは、一礼してから入ったりする」
龍が一礼して結界をくぐる姿を想像したら、なんだかとてもかわいらしくて、ちょっと背すじが伸びました。
人の世界では、こう伝わっています
もとは、修行の場を区切る言葉
「結界」は、もともと仏教の言葉です。
修行や祈りの妨げになるものが入らないよう、一定の場所を区切って、清らかに保つことを指していました。
高野山をひらいた空海も、山に結界を定めて、修行の場を整えたと伝えられています。
しめ縄と鳥居
神社でおなじみのしめ縄や鳥居も、神さまの領域と、わたしたちの暮らす場所とを分ける境目のしるしです。
鳥居をくぐるときに一礼するのは、まさにハクちゃんの言う「あいさつしてから通る」ことなのですね。
茶庭の、小さな石
茶道の庭には、「関守石(せきもりいし)」という、かわいらしい結界があります。
こぶし大の丸い石に、黒い縄を十字にかけたもので、飛び石の上にちょこんと置かれています。
これがあると、「ここから先はご遠慮ください」の合図。
柵も扉もないのに、小さな石ひとつで、人はちゃんと足を止めます。
力で閉ざすのではなく、相手の心づかいにそっとゆだねる。ハクちゃんの言う「薄いけど、ちゃんとある」結界そのもののようです。
わが家の結界
わたし自身も、護符を勤写・浄書するときには、結界を張ったなかで筆をとります。
そのときの部屋は、いつもの部屋なのに、空気の密度がちがう。
閉じこもっているというより、空気がしんと澄んで、すみずみまで整っている感じがします。
境目には、次の世界へのヒントがある
「龍ってね、境目が大好きなんだよ。境目には、次の世界につながるヒントがあるから」
境目に、ヒント?
正直なところ、このときのわたしの頭には「?」が浮かんでいました。でも、なぜかそのまま聞き流してしまって、結局ハクちゃんに聞き返さずじまいです。
ただ、龍が境目を好きな理由は、なんとなく感じていました。
山の尾根も、川と川が合わさる場所も、空と海が出会う水平線も、境目にはいつも流れがあります。
そこには、自然の理(ことわり)がそのまま流れている。だから龍は、境目に集まってくるのではないか。わたしはそんなふうに受け取っています。
「だから龍は、山の尾根とか、雲の切れ目とかをよく通るの?」
ハクちゃんは、にこっと笑って尾をくるんとまわしました。
「そうそう! だから結界って、閉じこめたり囲ったりするためだけじゃなくて、整えるためのものでもあるんだ〜。張ることで守ることもできるし、あっちとこっちをはっきり分けることもできる。それって龍にとって、とってもだいじなこと」
結界は、なにかを閉じこめるための壁ではなく、その場の空気を、すっきりと整えておくための区切りでもある。
そう気づくと、暮らしのなかにも、たくさんの結界が自然に生まれていることがわかってきます。
風が変わるとき。
空気が澄むとき。
だれかが場を整えたあとの、あの静けさ。
結界は、場と人が思い合っているしるし
最後に、ハクちゃんがそっと言いました。
「ぼくら龍が通るときにね、結界があるなって気づける場所は、その場も、人を大事に思ってるっていう証拠なんだよ」
場所も、人を大事に思う。
なんてすてきな見方なんだろうと思いました。
はるか昔から、人が場所を大切にし、場所もまた人を大切にしてきた。
そうやって思い合ってきた場所に、今も強く残っているのが結界なのかもしれません。
結界というと、外から来るものを防ぐ壁のように思いがちです。
でも、玄関で靴をそろえること、のれんをくぐること、お店に入るときの「こんにちは」。
そんな小さなあいさつも、場と人とが思い合うための、やさしい結界なのだと思います。
今日どこかに入るとき、ほんの少しだけ、龍のように一礼してみてください。
いつもの場所が、ちょっとだけちがう顔を見せてくれるかもしれません。
暮らしの場に、やさしい結界をひとつ
あまねくもりの護符は、結界を張った場で、吉日に合わせて一枚ずつ勤写・浄書してお授けしています。家や仕事場など、大切にしたい場所に、思いをこめた守りのしるしを置いてみませんか。
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参考:『日本大百科全書(ニッポニカ)』「結界」(コトバンク)/高野山 金剛峯寺 由緒

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