この記事でわかること
- 夫が「なにか」を連れて帰ってきた夜に起きたこと
- 古い家が鳴る理由と、昔の人が描いた「鳴屋(やなり)」
- 「どうぞ」は、招き入れる言葉だということ
見えない世界の存在と、どうやって付き合っていくか。
この連載「異界とのお付き合い作法」では、わが家で実際にあったことをもとに、わたしなりの作法をお話ししていきます。
第1話は、この連載を書こうと思ったきっかけになった、ある夜のできごとです。
「ここ、なんかいない?」
ある日の夜。
夫が、仕事先から帰ってきました。
玄関の戸が開いた瞬間、いつもとちがう、どよんとした空気が流れこんできました。
あれ?と思っていたら、案の定。
ふだんはそういうことをほとんど口にしない夫が、玄関先から呼ぶのです。
「とうこ、ちょっと来て……。ここ、なんかいない?」
夫は、自分の足もとを指さしていました。
言われなくても、わかります。入ってきたときから、夫の足もとに妙な影がついているのを感じていたからです。
その辺りだけ、暗ーい。
わたしは苦笑いして、「うーん、連れて帰ってきちゃった?」と声をかけました。
いつものように、スープを出した
じつはわが家では、通りかかった見えない存在には、お茶やお菓子、ちょっとした食べものを出すことがよくあります。
古い家に住んでいると、そういうお客さんはめずらしくないのです。
このときも、子どもかなにかがついてきただけかな、と軽く考えていました。
いつもどおりスープをよそって座卓に置き、その影のようなものに「どうぞ〜」と声をかけたのです。
スープの真上で、家が鳴りはじめた
「どうぞ」と言った、その瞬間でした。
部屋の一角が、パキンッ、バキンッと鳴りはじめたのです。
それも、座卓のスープを置いた場所の、ちょうど真上。天井の一か所に集中して、音が鳴りつづけます。
げっ……これは。
どうやら、わが家には合わないものを招き入れてしまったらしい。
天井を見つめながら、原因をさがした
家鳴りは、30分ほど続きました。
そのあいだ、わたしは音がいちばん激しい天井のあたりをじっと見つめて、いったいなにが起きているんだろう、と原因をさがしていました。
目の前の見えない存在が関わっているのだろうな、とは思っていました。でも、なにかを祓ったりはしていません。夫とも話しながら、ただ様子を見ていました。
かけた言葉といえば、「もしかして、スープ熱すぎた?」くらい。
でも、そういう感じでもない。
やがて、音はふっと消えました。
夫と顔を見合わせます。
「帰ってくるとき、なんかあった?」
「いや、とくになにもなかったんやけど、足になにかくっついてる感じがしてさ……」
築80年の古民家とはいえ、わが家がこんなに鳴ることはほとんどありません。
いつもとはちがう。そんな感じがしていました。
翌日からの、長い不調
その直感は、当たってしまいました。
翌日から、わたしは重い風邪のような体調不良になり、それがなんと半年も続いたのです。
高い熱、からだの痛み、起き上がれないほどのだるさ。
あ〜……これは、もらっちゃったな。
寝込みながら、そんなふうに感じていました。
体調は少しずつよくなっていきましたが、いまも残っているものがあります。
においを感じにくくなったことです。
味もわかりにくくなって、じつは料理に、ちょっと自信をなくしています。台所に立つのが好きだったわたしには、地味にこたえる置きみやげです。
※わたし自身も、医療機関にかかりながら過ごしています。体調がすぐれないときは、まずは医療機関に相談してくださいね。ここに書いているのは、あくまでわたしが感じたことです。
昔から、こう伝わっています
家が鳴るしくみ
木造の家が「パキッ」と鳴るのは、ふつうは木が乾いたり、温度や湿気で伸び縮みしたりするときの音だといわれています。
建ててすぐの家や、季節の変わり目によく鳴るのはそのためです。
ただ、わが家は築80年。木はもう落ち着いていて、ふだんはほとんど鳴りません。
あの夜、スープの真上だけが30分も鳴りつづけたのは、やっぱりいつもとちがうことでした。
昔の人が描いた「鳴屋(やなり)」
江戸時代の絵師・鳥山石燕(とりやま せきえん)は、妖怪の画集『画図百鬼夜行』に、「鳴屋(やなり)」という小さな鬼たちを描いています。
家がわけもなくきしむのは、この小鬼たちが家をゆすっているからだ、と考えられていたのです。
昔の人も、家が鳴る音に、見えないなにかの気配を感じとっていたのですね。
「どうぞ」は、招き入れる言葉
あの夜のことを、あとから何度もふり返りました。
いちばんの反省は、相手がどんな存在か確かめる前に、「どうぞ」と言ってしまったことです。
「どうぞ」は、わが家に招き入れる言葉。やさしさのつもりでも、だれにでも扉を開けっぱなしにするのは、やさしさとはちょっとちがいます。
人どうしでも、知らない人をいきなり家に上げたりはしませんよね。
見えない世界の存在とのお付き合いも、それと同じなのだと思います。
夫に伝えたこと
夫は、仕事の帰りがおそくなることが多い人です。
しかも帰り道で、ちょっと気になる場所があると、ついそちらに意識を向けてしまう。
見えない存在と、チャンネルが合ってしまいやすいタイプなのだと思います。
あの夜のあと、夫にはこう伝えました。
「気になるところがあっても、むやみにじっと見たりしたらダメよ」
それからは、同じようなことは起きていません。
気になるものに、こちらから目を合わせない。それだけでも、ずいぶんちがうのだと思います。
この体験から、「これは遊び半分で関わってはいけない」と心にきざみ、見えない世界のことを、あらためて学ぶようになりました。
今回はわたしの体調不良ですみましたが、家族にもしものことがあったら、と思うと、やっぱりこわい。
だからこそ、家族と暮らしを守るための作法を身につけておきたい。
それが、あまねくもりが伝えていきたい「異界とのお付き合い作法」のはじまりです。
次回は、この夜のあとにわたしが身につけた「身を守るための作法」についてお話しします。
あなたは、見えないお客さんに「どうぞ」と言ったこと、ありますか?
次のお話
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参考:鳥山石燕『画図百鬼夜行』「鳴屋」

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